序章:期限を過ぎた相続放棄の「現実」と「希望」
1. 読者が直面する問題提起と本記事を読むメリット
- 「相続開始を知ってから3ヶ月の期限を過ぎてしまった…もう負債を引き継ぐしかないのか?」と諦めていませんか?
- 原則と例外: 相続放棄は原則として3ヶ月の期限厳守ですが、本記事では**期間経過後でも放棄が認められた裁判例の「特別な事情」**と、その対処法を弁護士が解説します。
- 実務上の取り扱い:相続放棄申述は、期間経過後でも受理されます。
- 読後のメリット: 期限後でも諦めずに取るべき行動が明確になり、多額の借金を引き継ぐリスクから逃れるための最後の戦略がわかります。
2. 相続放棄の「3ヶ月の起算点」とは?(原則の確認)
- 3ヶ月の熟慮期間は、故人の死亡日ではなく、「自己のために相続開始があったことを知った日」から起算すること。
- この起算点の解釈が、期限後放棄の鍵となります。
Ⅰ. 期間経過後の「原則」と「法定単純承認」の成立
1. 3ヶ月を過ぎるとどうなる?
- 期限を過ぎると、自動的に**「単純承認」**したとみなされること(法定単純承認)。
- 単純承認の結果、プラスの財産だけでなく、借金や負債を含む全ての権利義務を無限に引き継ぐことになること。
2. 法定単純承認とは
法定単純承認(ほうていたんじゅんしょうにん)とは、相続人が法律で定められた特定の行為をした場合や、相続放棄の期間(3ヶ月)内に何の意思表示もしなかった場合に、被相続人の一切の資産・負債も相続したことを認めた(単純承認をした)とみなす制度です。
これは、相続財産のすべて(プラスの財産だけでなく、借金などの負債も含む)を無条件、無制限に引き継ぐという効果を持ちます。すなわち、相続人全員が被相続人の借金返済する義務を負うことを意味します。
1. 制度の目的
法定単純承認は、相続人がいつまでも相続するかどうかを決めない状態を避け、財産関係を早期に確定させ、取引の安全を図ることを目的としています。
2. 法定単純承認が成立するケース
法定単純承認が成立するのは、主に以下の3つのケースです。(民法第921条)
| ケース | 具体的な行為 | 効力 |
| ① 熟慮期間の徒過 | 相続人が相続開始を知った日から3ヶ月以内に、相続放棄も限定承認もしなかったとき。 | **最も一般的なケースです。**この期限を過ぎると自動的に単純承認が成立します。 |
| ② 処分行為 | 相続人が、故人の財産の一部または全部を処分したとき。 | 財産を売却したり、勝手に使ったり、隠したりする行為は、**「相続する意思がある」**とみなされます。 |
| ③ 財産の隠匿等 | 相続人が、故人の財産を隠したり、不正に消費したり、わざと財産目録に記載しなかったりしたとき。 | 相続財産を不当に扱う行為は、相続の意思ありと見なされます。 |
3. 法定単純承認の効果
法定単純承認が成立すると、以下の効力が発生します。
- 無限責任の承継: 相続人は、故人の**すべての権利義務(借金、負債を含む)**を、自分の固有財産をもって弁済する義務を負います。
- 相続放棄・限定承認の不可: 一度、法定単純承認が成立すると、後から「借金が多かったから」という理由で相続放棄や限定承認をすることは一切できなくなります。
3. 【NG行為】手続き前に絶対にやってはいけないこと

- 期限後放棄を希望する場合、以下の行為を行うと、裁判所から「単純承認」とみなされ、後から相続放棄が認められる可能性がゼロになるリスクがあること。
- ①故人の預貯金を使って葬儀費用を支払う(一部例外あり)
- ②故人の不動産を勝手に売却したり、名義変更したりする。
- ③債権者に対し、故人の借金を「一部でも」支払う。
Ⅱ. 裁判例に見る「例外」と期限の起算点の再解釈
原則として期限後放棄は不可だが、家庭裁判所に**「特別な事情」**を認めてもらうことで、例外的に受理されるケースが存在します。
1. 判例が認めた最大の例外:「負債の存在を知らなかった」場合
- 判例の基本: 相続人が「相続財産が全くないと信じていた」こと、かつ「そう信じたことに相当な理由(やむを得ない事情)がある」場合に限り、例外が認められる。
- 具体的な裁判例の傾向: 故人と音信不通で交流がなかった、自宅に目立った遺品や資産がなかったため財産がないと信じていた、といったケース。
- 【重要視される証拠】: 債権者からの督促状や訴状が届いた日を「負債の存在を知った日」として、そこから3ヶ月の起算点をスタートできるかどうかが争点となる。
相続人が**「相続財産が全くないと信じていた」こと、かつ「そう信じたことに相当な理由(やむを得ない事情)がある」場合に、相続放棄の3ヶ月の期限を過ぎた後**でも例外的に放棄が認められた具体的な裁判例の事例傾向を解説します。(最高裁判例昭和59年4月27日決定)
これは「法定単純承認」成立の例外として、負債の存在を知らなかった場合にのみ適用される特殊なケースであり、弁護士による慎重な立証活動が必要です。
⚖️ 期限後相続放棄が認められた具体的な事例傾向
家庭裁判所や高等裁判所が相続人が相続財産が全くないと信じていた」こと、かつ「そう信じたことに「相当な理由」があったと認めた事例には、主に以下のパターンが見られます。
ケースA. 故人との関係が疎遠であった事例
相続人が被相続人(故人)と長期間にわたり音信不通で、交流が全くなかったという事情は、「相続財産がないと信じたこと」に合理性を持たせる重要な要素となります。
- 事例傾向:
- 長年の別居・音信不通: 故人が亡くなる何十年も前から別居しており、亡くなる直前も全く関与していなかった場合。
- 生活状況の不知: 故人の仕事や生活状況、経済状態を全く知る由がなかった場合。
判断の焦点: 裁判所は、故人の自宅を訪れた形跡や、連絡を取ろうとした努力があったかなど、相続人がどれだけ故人の生活状況を知り得なかったか否かが判断の中心となります。
ケースB. 負債の存在を示す通知が遅れた事例
故人の財産状況が外見上は問題なかったが、死後しばらく経ってから負債を示す書類(督促状、訴状など)が届いた事例です。
- 事例傾向:
- 保証債務の存在: 故人が知人に借り入れの保証人になっていたが、債権者からの請求が死亡から半年以上経過してから突然届いた場合。相続人は、故人が保証人であること自体を知らなかったため、負債の存在を知ったのは督促状を受け取った時点であると主張します。
- 借入が発覚しない状況: 故人が一人暮らしで、通帳や請求書などが全て隠されており、通常の調査では負債が発見できなかった場合。
判断の焦点: 「自己のために相続開始があったことを知った日」ではなく、「負債の存在を知った日」を起算点とすることが妥当であると裁判所が判断した場合に、期限後の放棄が認められます。
ケースC. 誤認に基づき単純承認を信じた事例
これは、相続財産の調査を試みたが、その結果が誤っていた、あるいは勘違いがあったケースです。
- 事例傾向:
- 誤ったアドバイス: 故人の親族や知人から**「財産は全てプラスである」**と誤った情報を聞かされ、それを信用してしまった場合。
- 財産目録の勘違い: 故人の財産調査を行い、不動産の時価を過大評価していたため、借金よりもプラス財産が多いと誤って信じてしまった場合。
判断の焦点: 誤信したことに**「やむを得ない理由」**があったかどうか、すなわち、弁護士などの専門家に依頼せずとも判断が難しかったかどうかが問われます。
2. 遺産調査が間に合わない場合の「期間伸長」
- 期限が来る前に取るべき、最も確実な対処法。
- 手続き: 3ヶ月の熟慮期間内に、家庭裁判所に**「期間伸長の申立て」**を行うこと。
- 伸長が認められる理由: 財産が多数存在する、評価金額が複雑で調査に時間がかかる、相続人が多数で連絡が取れないなど、時間がかかるやむを得ない事情があること。
【期間伸長の申立書記載例】出典元:裁判所ウェブサイト


3. 【弁護士の視点】裁判所を説得するための戦略
- 期限後放棄が受理されるかどうかは、「なぜ3ヶ月過ぎたのか」という理由を、単なる「知らなかった」ではなく客観的な証拠から証明できる事実で説得できるかにかかっている。
- 弁護士は、督促状の日付、故人との関係性、財産調査の状況など、起算点(知った日)を遅らせるための証拠を収集し、裁判所を説得することになります。
Ⅲ. 期限後でも諦めない!今すぐ取るべき具体的な対処法
期限が過ぎてしまったと判明した場合、すぐに専門家とともに行動を起こす必要があります。
1. 【ステップ1】書類のみでも申述書を提出する
- 添付書類が間に合わなくても、まずは**「相続放棄申述書」**だけでも家庭裁判所に提出し、書類は追完する旨を伝えること。
- 目的: 裁判所に「放棄の意思があったこと」を記録に残し、受理への可能性を高める。
- 参考記事:相続放棄申述書の書き方講座
2. 【ステップ2】債権者からの督促への対応
- 相続放棄が受理されるまでは、債務を承認したとみなされるリスクがあるため、債権者からの連絡には**「相続問題として弁護士に相談中である」**旨を伝え、安易に支払いなどの返答をしないことが重要です。
- 弁護士に依頼した場合、債権者対応を代行してもらい、法的手続き中であることを通知してもらうことで、督促をストップさせることもできます。
3. 【ステップ3】弁護士への早期相談
- 期限が過ぎた相続放棄は、裁判所を説得する論理構成が非常に重要であり、専門的な判断が必要となります。
- 弁護士に依頼する最大のメリット:
- 負債の存在を知った日を特定し、3ヶ月の起算点となる日をずらすために必要な事実調査と証拠の収集を行うことができる。
- 複雑な戸籍調査や必要書類の収集を代行し、手続きの失敗リスクを最小限に抑える。
終章:弁護士からのメッセージ
- 借金は放置すれば、あなたの未来を蝕みます。期限切れという事態に直面しても、まだ打つ手は残されています。
- 裁判所を説得するには、個別の事情を掘り下げた法的サポートが必要です。
- 「もう間に合わない」と判断する前に、必ず一度、専門家にご相談ください。



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