「家族に争ってほしくない」というあなたの想いが、かえって遺言書の不備で紛争の種になってしまうリスクを提示します。本記事では、実際の裁判で無効となった遺言書の例を紹介します。
遺言書は、繰り返し書き直すことが可能です。複数の遺言書が存在する場合には、新しい遺言書が優先されることになります。
ご自身の誕生日や元旦など、一年に一度、遺言書を書くことをルーティンにすることがおススメです。
記事を読むメリット
この記事を読めば、遺言書が無効になるリスクを防ぎ、家族の絆を守るための具体的な手順と弁護士の知恵がわかります。
遺言がない場合に起こること
遺言がない場合、故人(被相続人)が残した財産は、法定相続人全員による話し合い(遺産分割協議)を経て、誰がどの財産をどれだけ取得するかを決めなければなりません。
このプロセスが原因で、手続きが複雑化し、家族間の紛争リスクが極めて高くなるのが最大の問題です。
デメリットその1. 遺産分割協議の義務化と長期化
- 全員の合意が必須: 遺言書がない場合、財産を分けるには、法定相続人全員が参加し、全員の同意をもって遺産分割協議書を作成する必要があります。
- 話し合いがまとまらないリスク: 特に不動産や未上場株など、公平な評価が難しい財産がある場合や、相続人間に日頃から不仲がある場合、感情的な対立から協議が長期化・難航します。
- 裁判所の手続きへ移行: 話し合いがまとまらない場合、最終的には家庭裁判所での調停や審判となり、解決までに数年かかることも珍しくありません。
- 相続人に未成年者がいる場合、遺産分割協議書を作成するにあたり未成年後見人を選任する必要があります。相続人を未成年後見人に選任することはできないため、第三者や専門家に依頼することになり、専門家報酬が発生することになります。(専門家報酬約20万円~100万円)
デメリットその2. 財産の名義変更・凍結
- 名義変更ができない: 不動産の相続登記(名義変更)や、銀行預貯金の払い戻し・解約手続きを行う際、原則として相続人全員の実印と印鑑証明書が必要になります。
- 預貯金の凍結: 故人の死亡が金融機関に伝わると、遺産分割が完了するまで口座は凍結され、原則として一部の仮払いを除き、自由に利用できなくなります。
デメリットその3. 故人の意思が反映されない
- 法定相続分が優先: 遺産は民法で定められた法定相続分(配偶者、子、親など)に基づいて分けられるのが原則となり、故人の「特定の世話になった人に多く渡したい」「事業を継ぐ子にすべて譲りたい」といった個人の意思は反映されません。
- 財産を渡せない相手: 内縁の妻や、法定相続人ではないけれども献身的に介護してくれた人など、法定相続人以外の第三者に財産を渡すことができません。
デメリットその4. 相続税の優遇が受けられない可能性
- 特例の適用: 配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例といった、相続税を大幅に軽減できる制度は、遺産分割が完了し、申告期限(死亡から10ヶ月以内)までに申告書を提出することが要件となる場合があります。
- 協議が間に合わず未分割のまま申告期限を迎えると、これらの特例を申告時に適用できず、一旦は高い税金を納めなければならないリスクが生じます。
遺言書を作成することは、これらの紛争と手続きの複雑化を防ぐための、最も確実な予防策となります。
| まとめ | 遺言書がない場合 | 遺言書がある場合 |
| 遺産分割 | 法定相続分に基づき、相続人全員の合意(遺産分割協議)が必須。 | 遺言書の内容(指定相続分)が最優先される。原則として協議は不要。 |
| 手続きの難易度 | 高い。全員の署名・実印・印鑑証明が必要。一人でも反対すれば家庭裁判所での調停・審判に進む。 | 低い。遺言執行者がいれば、執行者が単独で名義変更などを進められる。 |
| 紛争リスク | 極めて高い。特に不動産や感情的な対立により長期化しやすい。 | 低い。ただし、遺留分を侵害している場合は遺留分侵害額請求のリスクは残る。 |
| 財産の分配 | 法定相続人のみ。内縁の妻や、世話になった第三者には渡せない。 | 指定した相手(内縁の妻、第三者など)に財産を渡せる。 |
遺言書の「種類」と特徴
遺言書には、民法で定められた主要な形式が主に3種類あり、それぞれ作成方法、保管方法、法的効力、およびリスクが異なります。
1. 公正証書遺言
最も安全性が高く、弁護士が強く推奨する形式です。
| 項目 | 詳細 |
| 作成方法 | 証人2人以上の立ち会いのもと、公証人が遺言者から聞き取った内容を筆記し、作成します。 |
| 保管 | 原本を公証役場に永久に保管します。紛失や偽造の心配がありません。 |
| 法的リスク | 極めて低い。形式不備で無効になるリスクがほぼなく、遺言者の意思能力の証明にも役立ちます。 |
| 検認手続き | 不要。相続開始後、すぐに遺言の内容を実現できます。 |
| 費用 | 財産の額に応じて、公証役場に手数料がかかります。 |
2. 自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)
最も手軽に作成できる反面、無効になるリスクが高い形式です。
| 項目 | 詳細 |
| 作成方法 | 遺言者が全文、日付、氏名を自筆し、押印します。財産目録については、パソコンなどで作成した文書や通帳のコピーを添付することも可能です(2019年法改正)。 |
| 保管 | 自宅などで保管するか、法務局で保管してもらいます(法務局保管制度)。 |
| 法的リスク | 高い。日付や署名の漏れ、加筆修正方法の間違いなど、形式不備で無効になるケースが非常に多いです。 |
| 検認手続き | 法務局に保管されている場合を除き、相続開始後、家庭裁判所で必ず「検認(けんにん)」が必要です。 |
| 費用 | 法務局保管制度を利用する場合は手数料がかかります。 |
3. 秘密証書遺言(ひみつしょうしょゆいごん)
内容を秘密にできる形式ですが、ほとんど利用されません。
| 項目 | 詳細 |
| 作成方法 | 遺言者が遺言書を作成し、封印。公証人と証人2人にその存在を証明してもらいます(内容は秘密)。 |
| 保管 | 遺言者が自宅などで保管します。 |
| 法的リスク | 形式不備で無効になるリスクがある上、内容が公証人にもわからないため、遺言者の死亡後に開封した際、法的に無効な内容(形式)だったというリスクがあります。 |
| 検認手続き | 必要です。 |
🌟 弁護士としての推奨
紛争を予防し、故人の意思を確実に実現するためには、公正証書遺言が最も推奨されます。費用はかかりますが、無効リスクがなく、手続きも迅速に進められます。
公正証書遺言を作成する際の費用は、主に公証役場に支払う手数料と、必要に応じて依頼する専門家(弁護士・行政書士など)への報酬の二種類があります。
特に公証役場の手数料は、遺産の総額と相続人(財産を受け取る人)の数によって細かく変動します。
1. 公証役場に支払う費用(法定手数料)
これは法律で定められた手数料であり、全国一律です。
A. 基本手数料(遺産の価額に応じた手数料)
財産を取得する人ごとに、その人が取得する財産の価額に応じて計算されます。
| 取得財産の価額 | 基本手数料 |
| 100万円まで | 5,000円 |
| 100万円を超え300万円まで | 11,000円 |
| 300万円を超え500万円まで | 17,000円 |
| 500万円を超え1,000万円まで | 23,000円 |
| 1,000万円を超え3,000万円まで | 29,000円 |
| 3,000万円を超え5,000万円まで | 43,000円 |
| 5,000万円を超え1億円まで | 43,000円 + 5,000万円超の部分に1,000万円ごとに11,000円 |
💡 計算の例:
- 妻に3,000万円、長男に2,000万円を渡す場合:
- 妻分 (3,000万円まで) 29,000円
- 長男分 (2,000万円まで) 23,000円 + (1,000万円超3,000万円まで) の料金
- 最終的な手数料は、この取得者ごとの基本手数料の合計となります。
B. その他の加算費用
以下の費用が基本手数料に加算されます。
- 遺言加算: 遺言書全体の財産総額が1億円を超える場合、上記手数料に11,000円が加算されます。
- 出張加算: 遺言者が病気などで公証役場へ行けない場合、公証人に病院などへ出張してもらうと、基本手数料が1.5倍になり、別途日当と交通費が必要です。
- 用紙代: 遺言書の謄本(写し)の作成費用として、1枚あたり数百円程度の実費がかかります。
2. 専門家(弁護士など)への報酬
公正証書遺言の作成に必要な書類収集や、遺言内容の相談・文案作成を弁護士や行政書士に依頼する場合の費用です。
| 項目 | 報酬の目安 | 備考 |
| 文案作成・相談 | 5万円〜20万円程度 | 財産や相続人の数、遺言の内容が複雑なほど高くなります。弁護士に依頼すると、遺留分対策など法的リスクを考慮した専門的なアドバイスが得られます。 |
| 証人費用 | 1人あたり 5千円〜1万5千円 | 弁護士やその事務員に証人になってもらう場合、証人2人分の費用が必要です。 |
総合的な費用の目安
複雑な財産分割がなく、専門家に文案作成と証人依頼をした場合の総額は、15万円〜30万円程度(公証役場手数料+専門家報酬)が一般的な目安となります。
遺言書が無効となる主な場合と裁判例
1. 方式の不備による無効(形式的な要件)
民法が定める遺言書の種類(自筆証書遺言、公正証書遺言など)に応じて、厳格な方式を満たしていない場合、その遺言書は無効となります。
📘 自筆証書遺言の場合(民法第968条)
| 無効となる事由 | 根拠条文 | 代表的な裁判例 |
| 全文が自筆でない | 民法968条1項 | 財産目録以外の本文の一部がワープロや他人の筆跡である場合。(最判昭和62年10月8日など) |
| 日付の不備 | 民法968条1項 | 日付が「令和5年5月吉日」のように特定できない場合や、日付の記載がない場合。(最判平成5年12月21日など) |
| 押印がない | 民法968条1項 | 遺言者の署名に押印がない場合。認め印でも可だが、押印自体がない場合は無効。 |
| 加筆修正の不備 | 民法968条3項 | 加筆や訂正の際に、**民法で定められた方法(変更箇所への押印と付記)**に従っていない場合。 |
📜 公正証書遺言の場合(民法第969条)
公正証書遺言は公証人が関与するため無効リスクは低いですが、以下の場合は無効となることがあります。
| 無効となる事由 | 根拠条文 | 代表的な裁判例 |
| 証人の欠格 | 民法974条 | 証人の中に推定相続人(遺産を受け取る予定の親族)や未成年者など、法律で証人になれない人が含まれていた場合。 |
| 口授(こうじゅ)の欠如 | 民法969条 | 遺言者が公証人に対し、遺言の内容を口頭で正確に伝えていない場合。(最判昭和55年12月18日など) |
2. 意思能力の欠如による無効(実質的な要件)
遺言者がその内容と結果を理解する能力(意思能力)がない状態、特に認知症の進行により作成された場合、無効となります。
| 無効となる事由 | 根拠条文 | 代表的な裁判例 |
| 遺言能力の欠如 | 民法963条 | 遺言者が重度の認知症や精神上の障害により、遺言の内容やその法的効果を正確に認識・判断できない状態にあった場合。(東京高裁平成30年5月30日など) |
裁判例の判断基準:
裁判所は、遺言書作成時の医師の診断書、カルテ、介護記録、そして遺言の内容の複雑さ(判断能力が低くても理解できる単純な内容か、複雑な財産分割か)などを総合的に評価し、無効を判断します。
3. その他の無効事由
- 複数の遺言書の抵触: 複数の有効な遺言書の内容が矛盾する場合、後の日付の遺言書が優先されますが、その抵触する部分のみ無効となることがあります。(民法1023条)
- 詐欺・強迫による作成: 遺言者が騙されたり、脅されたりして遺言書を作成した場合、取り消しの訴えにより無効となる可能性があります。(民法96条)
「揉めない」ための遺言書作成3つの戦略
1. 🥇 付言事項(ふげんじこう)で「想い」を伝える戦略
「付言事項(ふげんじこう)」とは、遺言書において、法的な効力を持つ遺産の分け方(本文)とは別に、遺言者が家族や相続人に対して書き残すメッセージや言葉のことです。
付言事項の具体的内容
分割理由の説明
「長男に家を継がせる代わりに、他の兄弟には金銭を残すことにした理由」
「配偶者に全財産を渡すのは、その後の生活保障のためであること」
「長年介護をしてくれた長女には、その貢献に報いるため多めに渡す理由」
感謝のメッセージ
配偶者や子どもたちに対する、これまでの感謝の言葉。
希望や願い
「財産を巡って争うことなく、兄弟仲良く暮らしてほしい」
「遺言書の内容通りにスムーズに手続きを進めてほしい」という切なる願い。
遺言書が無効になるリスクを防ぐ以上に重要なのが、相続人全員の納得感を得ることです。
- 目的: 法的な効力はないが、遺言者の真意や感謝の気持ちを伝えることで、遺産分割を巡る相続人同士の感情的な対立を防ぐ。
- 内容:
- 分割理由の明記: 「なぜ特定の財産を長男に渡すのか」「妻の生活を守るために多く残すのか」といった、分配の理由を具体的に記載します。
- 家族への感謝: 家族への感謝や、仲良く暮らしてほしいという願いを伝えます。
- 効果: 相続人は、お金の話の前に故人のメッセージを受け取るため、遺言の内容に不満があっても、感情的な反発が起こりにくくなります。
2. 🥈 遺留分(いりゅうぶん)侵害額請求を回避する戦略
遺言書の内容が原因で紛争が起こる最大の原因は、「遺留分」という法的に保障された最低限の取り分を侵害することです。
- 目的: 遺言書で特定の相続人(例:法定相続人ではない内縁の妻)に財産の大部分を渡す場合でも、他の相続人の遺留分を侵害しないように配慮する。
- 対策:
- 遺留分を考慮した配分: 遺言書作成時に、各相続人の遺留分を正確に計算し、その割合を下回らないように財産を配分します。
- 代償分割の利用: 遺言書の中で、不動産などの特定の財産を取得する人に、他の相続人へ金銭(代償金)を支払うことを指示する代償分割の手段を明記しておきます。
- 生前対策との組み合わせ: 遺言書だけでは解決が難しい場合は、家族信託や生前贈与といった他の法的手段と組み合わせ、対策を講じます。
3. 🥉 遺言執行者(しっこうしゃ)を「弁護士」に指定する戦略
遺言書が残されていても、遺産分割の手続き(執行)が円滑に進まなければ、家族の負担やトラブルの原因となります。
- 目的: 遺言書の内容を確実かつ迅速に、そして中立的に実現する。
- 役割: 遺言執行者は、不動産の名義変更(相続登記)や、預貯金・株式の解約手続きなど、遺言の内容を実現するために必要なすべての手続きを単独で行う権限を持ちます。
- 弁護士を指定するメリット:
- 専門性と中立性: 弁護士は法律の専門家であるため、複雑な手続きをミスなく完了させられます。また、特定の相続人ではない第三者であるため、公平性が担保され、相続人からの不満が出にくいです。
- 手続きの迅速化: 相続人自身が手続きを行う手間がなくなり、速やかに遺産分割を完了できます。
📝 遺言書作成の重要性と賢い戦略(まとめ)
本記事で解説した通り、遺言書は単なる財産分配の書類ではなく、ご家族の未来の安心を守るための最も確実な「お守り」です。しかし、形式の不備や遺留分への配慮不足により、あなたの願いとは裏腹に、かえって紛争の火種になるリスクも潜んでいます。
特に、不動産の評価や複雑な家族関係が絡む場合、ご自身で全てを判断するのは非常に困難です。
早めに弁護士による丁寧にヒアリングを受け、**揉めないための「付言事項」**の作成、遺留分侵害額請求を回避する法的戦略の相談をすることをご検討ください。
専門家に遺言執行者として中立的に手続きを完了させ、ご家族の負担をゼロにすることも可能です。「まだ早い」と思わず、行動することが最良の予防策です。


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