相続人の中に行方不明(生死不明ではないが、最後に連絡が取れてから長期間が経過し、居場所が分からない状態)の人がいる場合、その人を含めた相続人全員の合意がなければ遺産分割協議を行うことができません。
この問題を解決し、法的に有効な遺産分割を行うために必要となるのが、「不在者財産管理人」の選任です。
ただ、不在者財産管理人を選任しただけでは抜本的な解決にはなりません。
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1. 不在者財産管理人選任の必要性
遺産分割協議は、相続人全員の参加と合意がなければ無効です。
行方不明の相続人がいる場合、その人の代わりに財産管理を行い、遺産分割協議に参加する代理人が必要となります。
📌 不在者とは
民法における「不在者」とは、「従来の住所または居所を去り、容易に戻る見込みがない者」を指します。生死不明ではないが、財産管理ができない状態にある人です。
【不在者】
・生死不明ではないが、長期間行方不明。
不在者と生死不明者の違い
| 項目 | 不在者(居所不明) | 生死不明者 |
| 法律上の定義 | 従来の住所または居所を去り、容易に戻る見込みがない者。生存は確実だが、居場所が不明で財産管理ができない状態(民法第25条)。 | 戦争、船舶の沈没、災害などの危難に遭遇し、生死が分からない状態。または単に7年間生死が不明な状態(民法第30条)。 |
| 財産管理の手続き | 不在者財産管理人の選任(財産を保存・管理)。 | 失踪宣告の申立て(法律上死亡したものとみなす)。 |
| 遺産分割への影響 | 管理人が家庭裁判所の許可を得て本人の代理として遺産分割協議に参加。 | 法律上死亡とみなされるため、他の相続人だけで遺産分割が可能となる。 |
| 行方不明の期間 | 期間の定めはない。 | 普通失踪:7年以上生死不明。危難失踪:危難が去ってから1年間生死不明。 |
| 本人生存が発覚した場合 | 管理人選任は本人が帰還すれば終了する。 | 失踪宣告の取消しが必要。取り消しにより遺産分割は無効。再度遺産分割協議が必要となる。 |
2. 不在者財産管理人選任手続きの流れ
不在者財産管理人の選任は、家庭裁判所への申立てによって行われます。

【不在者財産管理人選任申立書】出展元:裁判所公式サイト
ステップ1:不在者(行方不明の相続人)の調査資料の作成
まず、行方不明の相続人の最後の住所地や連絡先を調査し、本当に居場所が不明であることを確認します。
- 住民票の除票や戸籍の附票を取得し、現住所がないことを確認します。
- 親族、知人への聞き取り、職場への照会などを行います。
後になって、裁判所から報告書の提出を求められることがあるため、聴き取り結果や回答は、あやまじめ日時、場所、対象者を明確にして書面にしておくと良いでしょう。
ステップ2:家庭裁判所への選任申立て
調査の結果、不在であることが確認できたら、不在者の従来の住所地を管轄する家庭裁判所へ「不在者財産管理人選任の申立て」を行います。
- 申立人:利害関係人(他の相続人など)または検察官。
- 添付書類の例:不在者の戸籍謄本、不在証明資料(住民票の除票など)、申立人との関係を示す資料、遺産目録など。
💰 不在者財産管理人選任にかかる費用
不在者財産管理人の申立費用は、主に「収入印紙代」「郵便切手代」といった申立時に必要な実費と、選任後に発生する「予納金」から構成されます。
1. 申立時にかかる費用(実費)
これらは、申立ての際に家庭裁判所に納付する費用です。
- 収入印紙代:800円
- 申立書に貼付します。
- 連絡用郵便切手代:数千円程度(約3,000円~5,000円が目安)
- 裁判所が申立人や利害関係人、管理人候補者との連絡に使用します。金額や内訳は、管轄の家庭裁判所によって異なります。
2. 選任後にかかる費用(予納金)
これが、不在者財産管理人選任手続きにおける最大の費用となります。
📌 予納金とは
予納金は、選任された不在者財産管理人に支払われる報酬や、管理業務に必要な活動費用に充てるために、申立人が裁判所に事前に納める保証金のようなものです。
- 金額の目安:数十万円~100万円以上
- 相続財産の内容および金額、財産管理の難易度(不動産の数、債務の有無など)、管理が長期化する見込みなどによって、裁判所が個別に決定します。
- 申立ての時点で不在者の財産が乏しい場合や、申立人が親族の場合であっても、管理人に充てるための費用として、申立人が一時的に負担する必要があります。
予納金の注意点
- 申立人の一時負担:原則として、申立人が一時的にこの予納金を納めなければ、管理人は選任されません。
- 不在者財産からの充当:選任後、管理人が不在者が相続した財産から管理費用や報酬を賄うことができると判断されれば、予納金は申立人に返還されることがあります。しかし、不在者の財産が十分でない場合は、返還されない可能性もあります。
- 専門家報酬:家庭裁判所が弁護士を管理人に選任した場合、その専門家に対して、予納金から月々の報酬が支払われます。
3. 弁護士等への依頼費用
申立て手続き自体を弁護士に依頼する場合、別途、専門家への報酬が発生します。
- 相場:10万円~30万円程度(手続きの難易度や財産状況による)
実務上のポイント 相続事件において不在者財産管理人が必要になった場合、予納金の準備が手続きの進行を左右する最大の要因となります。申立て前に、管轄の家庭裁判所や専門家に予納金の概算について相談することをお勧めします。
管理人候補者の推薦
- 候補者の推薦:申立人が弁護士や司法書士などの専門家を候補者として推薦することが可能です。相続人ではない親族を推薦することも可能ですが、利害対立がある遺産分割事件では、公平性の観点から弁護士が選任されるのが一般的です。
- 家庭裁判所による選任:家庭裁判所が、不在者の財産を適切に管理できると判断した者を、不在者財産管理人として選任します。
3. 財産管理人の遺産分割協議への参加と権限の範囲
不在者財産管理人は、選任されただけでは、不在者の財産を維持・保存する行為(例:不動産の修繕費支払い)しか行うことができません。
遺産分割協議に参加し、不在者の持分を確定させる行為(=財産を処分する行為)は、「権限外行為」にあたるため、管理人は別途、家庭裁判所に対し**「権限外行為許可(遺産分割協議への参加許可)」**を申し立てる必要があります。
1. 権限外行為許可と管理人の責務
不在者財産管理人が遺産分割協議に参加するためには、通常の管理権限を超えた行為として、家庭裁判所の**「権限外行為許可」**が必要です。
この許可を裁判所が与えるかどうかは、その行為が不在者の利益となるかという観点から厳しく審査されます。
法定相続分を下回る合意の原則禁止
不在者の法定相続分(法律で定められた最低限の取り分)を下回る内容で合意することは、不在者にとって直接的な不利益をもたらすため、裁判所は原則として許可しません。
裁判所は、管理人に法定相続分相当額以上の財産を取得させる内容、または法定相続分相当額の金銭を代償金として確保させる内容で協議をまとめるよう指導します。
2. 例外的に法定相続分を下回る合意が認められるケース
法定相続分を下回る内容での合意が例外的に許可されるのは、その減額が総合的に見て不在者本人の利益に資すると判断される場合に限られます。
① 法的に合理的な根拠がある場合
他の相続人が、不在者の持分を減額すべき合理的な理由(例えば、寄与分や特別受益の主張)を持ち、その主張が法的に見て正当性が高いと認められる場合です。
- 事例:他の相続人が、不在者を除く被相続人の財産維持に多額の寄与分を証明している。
- 事例:不在者が生前に**多額の特別受益(生前贈与)**を受けており、それを持ち戻すことで法定相続分が減少することが明白である。
この場合、法定相続分に固執して審判に移行するよりも、紛争を早期に解決し、審判費用や手間を回避する方が、不在者本人の利益になると判断されることがあります。
② 現金化が困難な財産を回避する場合
分割対象の財産が、将来的に管理費用や税金だけがかかるような財産(例:遠隔地の利用価値の低い不動産)のみであり、それを回避するために法定相続分を下回る代償金を受け取る方が得策と判断される場合です。
不在者財産管理人は、常に**「法定相続分を確保すること」**を大前提とし、安易に相続分を減らすことは許されません。裁判所の許可を得るためにも、弁護士などの専門家が管理人に選任され、厳格な手続きが行われます。
4.遺産分割協議の実施
- 管理人の役割:許可を得た管理人は、不在者本人の利益を最優先に考え、他の相続人と遺産分割協議を行います。
- 合意の成立:管理人と他の相続人全員が協議内容に合意すれば、遺産分割協議が成立します。
- 協議書の作成:作成された遺産分割協議書には、他の相続人全員と、不在者財産管理人が署名・押印し、管理人の選任審判書および許可審判書を添付します。
不在者財産管理人はいつまで続く?任務終了のタイミング
遺産分割協議のために選任された「不在者財産管理人」。協議が無事に成立すれば、自動的に任務が終わると思っていませんか? 実は、協議が終わっても管理人の仕事は終わりません。
自動的には終了しない
管理人は家庭裁判所の決定で選任されます。そのため、当初の目的(遺産分割)を達成しても、裁判所による**「選任処分の取消し」**がなされない限り、管理人は不在者の財産を管理し続ける義務を負います。
主な終了のタイミングと手続き
実務上、任務を終了させるには以下の事由が必要です。
- 不在者が現れたとき(生存確認)
- 不在者の死亡が確認されたとき
- 失踪宣告が認められたとき(法的に死亡とみなす)
- 管理する財産がなくなったとき
これらの事由が発生した段階で、裁判所へ「取消申立て」を行います。
最後は財産の引き継ぎ
選任処分が取り消された後、手元に残った財産を「帰ってきた本人」や、死亡・失踪宣告の場合は「不在者の相続人」に引き渡して、初めて業務完了となります。

放置すると管理責任や費用が発生し続けます。
継続して不明者の行方を探索するとももに、適切な時期に失踪宣告の手続きを行うことが重要です。
5. 行方不明者が長期にわたる場合の「失踪宣告」
行方不明の状態が7年以上続いている場合は、不在者財産管理人の選任ではなく、家庭裁判所へ「失踪宣告」を申し立てることも選択肢となります。
- 効果:失踪宣告が認められると、その人は法律上、死亡したものとみなされます。
- 遺産分割:失踪宣告された人が死亡したものとして、他の相続人だけで遺産分割協議を行うことができます。
実務上の注意点:失踪宣告は、後に本人が生存していた場合に取り消し(失踪宣告の取消し)が可能ですが、手続きやその後の財産関係が複雑になるため、慎重な検討が必要です。
⏳ 失踪宣告の申立てから遺産分割協議までの流れ
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ステップ1:家庭裁判所への失踪宣告の申立て
まず、行方不明者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ申立てを行います。
- 申立人:利害関係人(配偶者、相続人、債権者など)。
- 申立てに必要な主な書類:
- 申立書
- 不在者の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 不在者の戸籍の附票
- 申立人の利害関係を証する資料(親族関係を証明する戸籍謄本など)
- 失踪を証する資料(捜索願受理証明書、不在者宛の郵便物返戻、親族の陳述書など)
- 費用:収入印紙800円と、裁判所指定の郵便切手代(数千円程度)が必要です。
【失踪宣告の申立書】裁判所公式サイト
ステップ2:家庭裁判所による調査・公示催告・審判
申立てを受け、家庭裁判所が以下の手続きを進めます。
- 調査:家庭裁判所調査官が、失踪の事実や期間、捜索状況などについて、申立人や家族に調査を行います。
- 公示催告(公告):裁判所は、行方不明者に対し「一定期間内に生存の届出をせよ」という内容を官報で公告します。
- 期間:普通失踪(7年間の生死不明)の場合は3ヶ月以上、危難失踪(危難遭遇後の1年間生死不明)の場合は1ヶ月以上の期間が設けられます。
- 審判:公示催告期間内に本人や関係者からの生存の届出がなければ、家庭裁判所は失踪宣告の審判を行います。申立てから審判までには、概ね6ヶ月~1年程度かかります(公示催告の期間を含む)。
- 確定:審判書謄本が送達されてから2週間以内に、不服申し立て(即時抗告)がなければ、失踪宣告の審判が確定します。
4. 失踪宣告確定後の手続き
失踪宣告が確定したことで、法律上の相続手続きに進むことができます。
ステップ3:市区町村役場への届出
- 失踪届の提出:申立人は、審判確定後、確定日から10日以内に、失踪宣告の審判書謄本と確定証明書を添えて、市区町村役場に失踪届を提出します。
- 戸籍の記載:これにより、失踪者の戸籍に「死亡」した旨が記載されます。失踪者は法律上、死亡した時点をもって相続が開始されます。
ステップ4:遺産分割協議の実施
- 相続人の確定:失踪宣告された人は相続人から除外され、残りの相続人だけで相続人全員が確定します。
- 協議:確定した相続人全員で遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成します。失踪者を除いて全員の合意があれば、協議は成立します。
- 名義変更・分配:遺産分割協議書に基づき、不動産の相続登記や預貯金の払い戻し・解約手続きを行い、財産の分配・清算が完了します。

