相続放棄をしても、すぐにすべての管理責任から解放されるわけではありません。
特に不動産などがある場合は注意が必要です。
2023年4月1日の民法改正により、管理義務を負う人の範囲が明確化され、以前より負担が軽減されました。
本記事のポイント
①相続放棄をした者は、占有していなければ、放棄後、財産を管理する義務は負わない。
②占有している場合でも管理義務(保存義務)は大きく軽減される。
③管理義務(保存義務)がなければ、放置することもできるが、相続財産清算人を選任して、国の管理下に移すことも検討する。
相続放棄後の管理責任:2023年民法改正前後の比較
| 項目 | 改正前(2023年3月31日まで) | 改正後(2023年4月1日以降) |
| 管理責任の名称 | 管理義務 | 保存義務 |
| 管理責任を負う者 | 相続放棄をした人全員(次順位の相続人や相続財産清算人が管理を始めるまで) | 相続財産を現に占有している者(事実上、財産を支配・管理している相続放棄者に限定) |
| 義務の内容 | 善管注意義務をもって管理する(管理) | 自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存する(保存) |
| 責任の終了 | 次順位の相続人または相続財産管理人へ引き継いだとき | 次順位の相続人または相続財産清算人へ引き継いだとき |
📌 改正のポイント解説
1. 管理責任を負う者の範囲の明確化
改正の最大のポイントは、管理責任を負う相続放棄者が限定されたことです。
- 改正前: 形式的には、相続放棄をした人全員に必要な手続きが完了するまで管理義務が残るとされていました。これにより、遠方に住んでいて財産に一切関わっていない相続人にも、形式上、管理義務が残るという不都合がありました。
- 改正後: 管理責任を負うのは、「相続財産を現に占有している者」に限定されました(改正民法第940条第1項)。これにより、故人とは別居しており、財産を占有していない相続放棄者は、原則として管理義務から解放されます。
2. 義務の内容の緩和
管理責任の名称と内容が緩和されました。
- 「管理義務」から「保存義務」へ:
- 改正前: 「善良な管理者としての注意(善管注意義務)」という、やや専門的な注意義務が必要でした。
- 改正後: 「自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存しなければならない」という、より具体的な現状維持に焦点を当てた義務となりました。これは、空き家の倒壊防止や、近隣に迷惑をかけないための最低限の措置を講じることを意味します。
2つの義務の具体的な違い
| 項目 | 善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ) | 自己の財産におけるのと同一の注意義務 |
| 法的根拠 | 民法第644条など(委任、受寄など) | 民法第940条第1項(相続放棄後の保存義務)など |
| 義務の程度 | 善良な管理者としての注意 | 自分の財産と同程度の注意 |
| 基準となる人 | 客観的・抽象的な第三者(その職業・地位・能力を持つ標準的な人) | 義務を負う本人 |
| 責任の重さ | 重い(プロとしての水準が求められる) | 比較的軽い(個人の能力・習慣で判断される) |
| 適用場面 | 弁護士・医師など専門職の業務、会社の役員、賃貸借契約、改正前の相続財産管理人など | 親族間の無償の依頼(使用貸借・無償の受寄)、改正後の相続財産保存者など |
| 具体例 | 空き家の管理 その地域の不動産管理業者が通常行うべき定期的な点検、修繕計画の立案、台風前の徹底した安全確認など。 | 空き家の保存 義務を負う本人が自分の自宅や別荘に対して通常行っている程度の点検・保存。最低限の倒壊防止や、近隣に迷惑をかけないための応急的な措置(例:壊れた窓ガラスの応急処置、放置された自転車の片付けなど)。 |
| 違反の判断 | 標準的な管理者ならできたはずの行為を怠ったか。 | 本人が自分の財産なら当然行ったであろう行為を怠ったか。 |
自己の財産におけるのと同一の注意義務 (個人の水準)の意義
この義務は、個人の能力や財産に対する習慣を基準とします。
この義務を負う人は、「自分の持ち家や財産を管理するときに、通常どの程度の注意を払うか」が基準となります。(ただし、あまりにひどい場合は責任を問われる可能性もあります)。
【具体例】自己の財産におけるのと同一の注意義務
| 財産の種類 | 〇「義務を果たしている」と言える例 | ×「義務違反(責任あり)」となる可能性が高い例 |
| 不動産(空き家) | ・ 玄関や窓の施錠をしておく。 ・ たまに様子を見に行き、換気を行う。 郵便受けがいっぱいにならないよう回収・整理する。 ・ 明らかに危険な破損(倒壊の恐れ等)に応急処置をするか、相続財産清算人に報告する。 | ・ 鍵をかけずに放置し、第三者が侵入できる状態にする。 ・ 窓ガラスが割れているのを知りながら放置し、雨漏りで建物が腐敗した。 ・ 台風が来るとわかっているのに、飛びそうな付属物を固定せず近隣に被害を与えた。 ・ ゴミ屋敷状態を放置し、害虫や悪臭で近隣から苦情がきているのに対処しない。 |
| 現金・貴重品 | ・自宅の金庫や鍵のかかる引き出しに保管する。 ・ 通帳と印鑑を別々の場所に保管する。 ・ 銀行口座に入れたままにしておく(引き出さない)。 | ・机の上や玄関先など、誰でも持ち出せる場所に放置する。 ・ 鍵のかからない車の中に放置する。 ・ 他人の金銭と混ぜて(混同させて)保管し、区別がつかなくする。 ・ パチンコや投資などで使い込む(※これは単純承認とみなされるリスクもあります)。 |
| 動産(家具・家財) | ・ そのまま室内に置いておく。 ・ 腐敗しやすい生鮮食品などを廃棄する(保存行為として適法)。 ・ 価値のない明らかなゴミを処分する。 | ・ 価値があるかもしれない骨董品や着物を勝手に売却・廃棄する。 ・ 乱暴に扱って破損させる。 ・ 雨ざらしの庭に高級家具を放置して劣化させる。 |
| ペット | ・ 最低限の餌やりと水やりを行う。 ・ 里親を探す、または動物愛護団体に相談する。 | ・ 餌を与えずに餓死させる。 ・ 野外に放つ(遺棄する)。 |
⚖️ 相続放棄後の管理責任(保存義務)
1. 管理責任(保存義務)を負う人
管理責任を負うのは、「相続放棄時に、相続財産を現に占有している者」のみです。
相続財産を現に占有している者とは、事実上支配・管理している相続人を意味します。
【占有者の具体例】
| 比較項目 | ×占有していない | 〇 現に占有している |
| 居住状況・鍵 | 【別居・鍵なし】 亡くなった人とは別の場所に住んでおり、実家や不動産の鍵を一度も受け取っていない(所持していない)。 | 【同居・鍵あり】 亡くなった人と同居しており、引き続きその家に居住している。または、鍵を所持しており自由に出入りできる状態にある。 |
| 財産への接触 | 【接触なし】 亡くなった人の預貯金通帳、重要書類、不動産などに一度も触れておらず、立ち入りもしていない。 | 【管理開始】 亡くなった後、すぐに不動産へ立ち入ったり、通帳や印鑑などの貴重品を自分の手元で保管したりしている。 |
| 遺品整理・行為 | 【一切関与せず】 遠方に住んでいる等の理由で、遺品の片付けや家財の処分、清掃などの行為を一切行っていない。 | 【事実上の管理】 庭の手入れ(草むしり等)、光熱費の精算手続き、建物の修繕、家財の整理など、具体的な管理行為を行っている。 |
誰も占有していない場合
相続放棄をした相続人全員が管理責任(保存義務)を負わなくなります。
例:亡くなった人が施設に入所しており、空き家になっていた場合など
2. 管理責任(保存義務)の内容
- 義務の内容: 「自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない」(善管注意義務)。
- 具体例: 相続財産である空き家が倒壊したり、近隣に損害を与えたりしないよう、現状を維持・保存するために必要な最低限の管理(例:屋根の応急処繕、庭木の剪定など)を行うことです。
- 注意点: 財産を売却したり解体したりする「処分行為」はできません。
3. 管理責任が終了するまで
この管理責任は、以下のいずれかのタイミングで終了します。
- 次順位の相続人に財産が引き継がれ、その人が管理を始めることができるようになったとき。
- 相続財産清算人が選任され、その清算人に財産を引き渡したとき。
💡 管理責任を免れるための対処法
もし「現に占有している者」に該当し、管理責任から解放されたい場合は、以下の対応が必要です。
1. 次順位の相続人に引き渡す
自分以外の相続人(次順位の兄弟姉妹や甥姪など)がいる場合、その人に遺産を引き継ぎ、管理を始めてもらいます。ただし、その人も相続放棄をしてしまった場合は、再び管理責任が自分に戻ってくる可能性があります。
2. 相続財産清算人の選任を申し立てる(推奨)
誰も相続する人がいなくなった場合や、管理から確実に解放されたい場合に有効な方法です。
家庭裁判所に「相続財産清算人」(以前の相続財産管理人)の選任を申し立て、選任された清算人に財産を引き渡せば、管理責任から解放されます。
注意点: 清算人選任の申立てには、予納金(数十万円~)が必要となることが多く、費用がかかります。通常は、弁護士が選任され、報酬を差し控えて残額が返納されることになります。 ※予納金を支払うことが困難な場合、建物に倒壊のおそれがあるときは自治体にご相談ください。
【相続財産清算人選任申立書の記載例】


管理人がいない財産の最終的な処理
誰も占有・管理しない財産については、最終的に以下の手続きを通じて処理されます。
1. 相続財産清算人の選任
この宙に浮いた財産を法的に処理し、債権者への弁済や国の帰属手続きを行うために、「相続財産清算人」(旧・相続財産管理人)を選任する必要があります。
- 申立人: 利害関係人(例:債権者、特定遺贈を受けた人など)、または検察官。
- 注意点: 相続放棄をした人は、原則として利害関係人ではないため、清算人の選任を申し立てることはできません(管理責任から解放されているため)。
2. 国庫への帰属
清算人が選任されると、清算人は、まず亡くなった人の借金などの債務を支払い(清算)、残った財産を国庫(国の財産)に帰属させる手続きを行います。
🚨 誰も申し立てない場合のリスク
誰も清算人の選任を申し立てない場合、その財産は管理が全くされない状態が続くことになります。
特に不動産(空き家など)の場合、老朽化が進み、近隣トラブルの原因となるリスクがあるため、債権者や自治体などが損害を避けるために清算人選任の申立てを行うケースが多いです。
結論として、誰も占有していないのであれば、相続放棄をした人としての管理責任は発生しませんが、問題の不動産を確実に清算手続きに乗せるためには、利害関係人による相続財産清算人の選任が必要となります。

