「裁判をしたいが、弁護士に頼むと費用倒れになってしまう」 「自分自身の言葉で、相手に法廷で反論したい」
そう考えて、弁護士をつけずに自分で裁判を行う**「本人訴訟(プロ・スー)」**を検討する方が増えています。日本の法律では、必ずしも弁護士をつける必要はなく、自分で訴訟を行うことは権利として認められています。
しかし、プロの土俵に丸腰で上がるリスクがあるのも事実です。 この記事では、現役弁護士の視点から、本人訴訟のメリット・デメリット、費用、向いているケース・向かないケースなど、決断する前に知っておくべき全知識を解説します。
1. 本人訴訟のメリット・デメリット
まずは、自分でやるかどうかの判断基準となる、メリットとデメリットを整理しましょう。
最大のメリットは「費用の節約」
弁護士に依頼する場合、着手金や報酬金で数十万円以上の費用がかかることが一般的です。請求額が数十万円程度の場合、弁護士費用を払うと手元にほとんど残らない(あるいは赤字になる)「費用倒れ」のリスクがあります。 本人訴訟であれば、この弁護士費用(タイムチャージや報酬)をすべてカットできます。
その他のメリット:
- 納得感: 自分の言葉で主張でき、勝っても負けても「やりきった」という納得感が得られやすい。
- スピード: 代理人との打ち合わせ時間が不要なため、自分のペースで進められる。
見落としがちなデメリットとリスク
一方で、以下のコストとリスクを覚悟しなければなりません。
- 膨大な時間と労力
- 平日の日中(基本的に10時〜17時の間)に裁判所へ出廷する必要があります。
- 訴状や準備書面などの書類作成、証拠の整理に多くの時間を奪われます。
- 「法的な主張」への変換が必要
- 裁判所は「かわいそうだから」という感情論では判断してくれません。「要件事実(法律上の要件を満たす事実)」を主張・立証する必要があります。このポイントを外すと、真実であっても敗訴するリスクがあります。
- 精神的な負担
- 相手方からの反論書面には、あなたを批判・攻撃する内容が含まれます。それらを直視し、冷静に反論を書く作業は、想像以上に精神を削られます。
2. 素人でも勝てる?勝率と実態
「素人が弁護士相手に勝てるのか?」というのは最も多い質問です。公式な統計はありませんが、実務的な実感としてお答えします。
「証拠」があれば勝てる
民事裁判のルールはシンプルで、**「証拠がすべて」**です。 弁護士がついているかどうかに関わらず、動かぬ証拠(契約書、借用書、録音、メールなど)が揃っていれば、本人訴訟でも十分に勝訴判決を得ることは可能です。
「言った言わない」は苦戦する
逆に、契約書がない、口約束だけ、といった事案では、法的な論構成や尋問技術が勝敗を分けます。この領域になると、訓練を受けた弁護士と素人とでは大きな差が出ます。
「和解」による解決も多い
裁判は「判決(白黒つける)」だけがゴールではありません。裁判官から「この辺りで手を打ってはどうか」という和解勧告が出ることがよくあります。本人訴訟の場合、柔軟に和解に応じ、早期解決を図るのも賢い戦略です。
3. 本人訴訟にかかる費用はいくら?
弁護士費用はかかりませんが、裁判所へ納める実費は必要です。
必ずかかる費用
- 収入印紙代(申立手数料) 請求金額に応じて決まります。
- 100万円の請求:10,000円
- 300万円の請求:20,000円
- 500万円の請求:30,000円
- ※そこまで高額ではありません。
- 郵便切手代(予納郵券) 裁判所から相手方に書類を送るための費用です。裁判所によって異なりますが、概ね6,000円前後を最初に納めます(余れば返還されます)。
その他の実費
- 交通費(裁判所までの往復)
- 当事者が法人の場合の資格証明書取得費(数百円)
- 書類のコピー代(裁判所用・相手方用・自分用の3部セットが必要になるため、大量の証拠がある場合は数千円かかることもあります)
【注意】 勝訴しても、あなたがかけた労力(日当)や交通費の全額を相手に請求できるわけではありません。「訴訟費用は被告の負担とする」という判決が出ても、回収できるのは印紙代などの法定費用に限られます。
4. 「自分でやる」に向いている事件・やめたほうがいい事件
すべての事件が本人訴訟に適しているわけではありません。難易度に応じた線引きが重要です。
本人訴訟に向いているケース(難易度:低〜中)
- 少額訴訟: 60万円以下の金銭請求(1回の期日で終わることが多い)。
- 貸金返還請求: 「借用書」があり、相手も借りたことを認めているが「金がない」と言っている場合。
- 敷金返還請求: 退去時の精算トラブルなど、論点が明確な場合。
- 未払い賃料・建物明渡: 家賃滞納の事実が明らかな場合。
弁護士に依頼すべきケース(難易度:高)
- 医療過誤・建築紛争: 高度な専門知識と鑑定が必要なもの。
- 離婚・親権争い: 感情的になりやすく、将来の生活に直結するため、冷静な第三者(弁護士)が必要。
- 不貞慰謝料(証拠が薄い場合): 相手が不貞を否定している場合、証拠の評価を巡って複雑な争いになります。
- 高額な損害賠償請求: 失敗した時のダメージが大きいため。
5. 期間と平日の拘束時間
裁判は時間がかかります。 一般的に、1ヶ月〜1ヶ月半に1回のペースで期日(裁判の日)が入ります。
- 期日の時間: 平日の10:00〜17:00の間で指定されます(所要時間は1回10分〜30分程度)。
- 期間: 和解で終われば3ヶ月〜半年程度。判決まで争うと半年〜1年以上かかることもザラです。
「平日に仕事を休めるか?」 は、本人訴訟を遂行できるかの重要なチェックポイントです。 ※第1回期日のみ、原告は欠席して書面だけで済ませる制度(擬制陳述)がありますが、2回目以降は原則出頭が必要です(現在はWeb会議システムを使った期日も増えていますが、導入状況は裁判所によります)。
6. 司法書士に頼むという選択肢
「弁護士は高いが、自分一人では不安」という場合、認定司法書士に依頼する方法や、司法書士に**「書類作成のみ」**を依頼する方法があります。
- 簡易裁判所(請求額140万円以下)の代理: 認定司法書士は、140万円以下の事件であれば、弁護士と同様に代理人になれます。弁護士より費用が抑えられる傾向にあります。
- 本人訴訟支援(書類作成援助): 法廷には自分で行くが、訴状や準備書面の作成だけを司法書士に代行してもらう方法です。これは地方裁判所の案件でも可能です。
7. 相手に弁護士がついたらどうする?
最も不安なのが「相手が弁護士を立ててきた時」でしょう。 しかし、過度に恐れる必要はありません。
裁判官は「フェア」に見ている
相手が弁護士だからといって、裁判官が相手の肩を持つことはありません。むしろ、本人訴訟の当事者に対しては、裁判官が法廷で「次はこういう証拠を出してください」「この主張はこういう意味ですか?」と、丁寧な訴訟指揮(サポート)をしてくれることが一般的です。
難しい法律用語に惑わされない
相手の弁護士から届く書面は、難解な法律用語で書かれていますが、内容は単純な事実の否定であることも多いです。言葉の難しさに圧倒されず、**「どの事実が違うと言っているのか」**を冷静に読み解けば対応可能です。
まとめ:迷ったら「相談」だけでも弁護士へ
本人訴訟は、コストを抑える有効な手段ですが、事件の種類によっては取り返しのつかない失敗をするリスクもあります。
おすすめなのは、**「訴状を出す前に、一度だけ弁護士の法律相談を受ける」**ことです。
- この証拠で勝てそうか?
- 法的な構成に間違いはないか?
- このケースは自分でやれる範囲か?
これらをプロに確認してからスタートするだけでも、勝率と安心感は大きく変わります。 当事務所では、本人訴訟を検討されている方の単発相談や、書面のチェックも承っております。無理に依頼を勧めることはありませんので、まずはお気軽にご相談ください。

